人はなぜ生きるか。生きる価値とは。

「人間ってなぜ生きているのだろうか?」

誰しもが一度は気になったことはあると思う。

結論から述べると、「生きているから生きている」という、一番最初にたどり着いた答えにたどりつくことになる。

 

ただし、その洗練された文章にたどり着くには、壮大な根拠と言うなの遠回りを必要とする。

今回はその壮大な遠回りとやらに、あなたをお連れする。

疑問から始まる進化

「生きているのはなぜ」と、疑問に思うのはなぜだろう?

もう辛いのか。

先が見えないのが不安なのか。

「この世は辛いのよ、神様の試練。でも諸行無常。

マインドフルネスで満たされて…今が幸せ…すべてに感謝…」

ではなんの根本的な解決にならないのである。

 

じゃあこの疑問の答えをどうやって見つけようか。

そう、この、今のこの疑問!

こうやって疑問を繰り返すことで発達したのが、人間なのだ。

 

「気持ちが伝わらないのはなぜ?」から言葉が発達し、

「お腹を壊すのはなぜ?」から調理が発達し、

「空が青いのはなぜ?」から星座が始まった。

もう地球に残された疑問はそう多くはない。

ネットで検索すれば

しかしいくら検索してもなかなかたどり着かない生きる理由。

だからこそ私達は、「生きているのはなぜ?」と究極の疑問に執着し続けるのである。

進化の果のバーチャルリアリティ

私達は、たまたま、先が見えないことに恐れを抱く生き物だった。

くじゃくは羽を発達させることに命をかける生き物

オウムは喉を発達させることに命をかけた生き物

 

先が見えない事に恐れを抱くから、敵の在り処を疑問に思い、仮定した。

食料の持続率を疑問に思い、仮定した。

そうやって生存率を上げてきて、たまたま今生き延びている。

 

そう、進化の果に行き着いたのが、今の、何でも疑問に思い、勝手に仮定を想像する人間という名の生き物なのだ。

そして、「たとえそれが真実じゃないとしても疑問解消のために真実と仮定する」といった破天荒すぎる行為が、

たまたまうまく行ったのが人間というレアな生き物なのである。

他の動物達は私達人間を真似しない。

だって、真実じゃないことを真実だと仮定するなんて、あまりに危険すぎるからだ。

「嘘の真実」を語り継ぐ人間

言葉も、調理も、星座も、私達を満たしてはくれるが実は何も本質的じゃない。

わかりやすいのが星座だろう。

あなたは星座を見たことがあるだろうか。

しし座【星座・春夏秋冬別の星野・星景・星空写真と星図】

これは何座か答えてみよう。

筆者の星座、獅子座である。

 

でもどこが「獅子」なのだろう?

私には台形と線三本にしか見えない。

そもそも、もっと明るい星があるくせに、その星選ぶ?って感じで選定基準が謎なのもなんとも言えない。

空虚な現実。バーチャルリアリティ、フィクションストーリーである。

 

でも、昔の人は大真面目に語り継ぎ、何千年の時を経て今でも語り継がれるほどに、

嘘の正解をつくることで疑問と不安から逃れてきた。

そう、疑問と不安から逃れるために、私達はバーチャルリアリティを重ねているのである。

 

言葉もそうである。ありふれた言葉だが、言葉は実体を持たない。

調理だって、井の中に入ってしまえば高級フレンチもサイゼリアも変わらない。

皆さんは目の錯覚、耳の錯覚をしたことあっただろうか?

脳は言うまでもなく目や耳などの五感態に刺激を受けて動いている。

目や耳が錯覚するのであれば、それに付随して脳だってもちろん錯覚を起こすということだ。

生きる価値

ということで、結論に入ろう。

私達はなぜ生きているか?に対する問いは、「生きているから生きている」である。

ただし、その奥には

生きるために(人間は脳を発達させた結果、バーチャルリアリティを展開させることができるようになり、

その空洞の一つである「生きる意味」というものに疑問を持ちつつも)生きている

という省略語がはいるのである。

 

生きる意味など、したがっていくら求めたとしても空虚に過ぎない。

(もし生きる意味を断定している人がいたら、それこそが「嘘の真実」の最たる例だな、とニヤニヤすればいい。)

 

もっというと、あなたがたった今感じている不安や怖れことが、生きる意味なのである。

生きる意味を探し求めようとする姿勢が、生きる価値なのである。

 

したがって、「なんのために生きるか」なんていち動物のくせに自惚れた疑問はやめて、

とっとと今日完了すべきことに目を向けたほうが、得策と言えるだろう。