【本人による】INFJあるある【徹底解説】

2022/5/15 Youtube始めました↓↓

はじめに

INFJは約人口1%しかいないこともあり、深い孤独を感じていることでしょう。

そこで今回は「これって私だけ?」の検証も込めて、

「INFJあるある」をつらつらと書いてこうと思います。

追記:こちらの記事が好評だったので、INFJのストレス時あるあるもまとめてみました。

 

たまには周りを見て立ち位置を把握してみるのもいいよね。

 

というわけで、独断と偏見で書いていくので、

不快感を感じたらブラウザバック推奨です!

「幸せ」のイメージが普通じゃない

「幸せ」というか、全体的に将来像が変。

かといって「夢は土偶研究家です!」とか言っちゃうような、個性のある「変」でもありません。

 

「穏やかで、かっこよくて、心の内側がきれいな人…?になれたらなあ」みたいな

ふわっとしがちな夢(幸せ像)を一生抱えています。

 

これが「○○師」の類の具体的なところに落とし込めなたらどんなに楽だったか。

 

「女優さん」だったり「料理ができるお嫁さん」だったり、

小さいころから夢が明確に決まっている子に対して

「よくそんな具体的な夢(幸せ像)があるなあ、大人だなあ」

なんて思っていました。

 

とにかく自分の世界観が強すぎたようで、

イメージが強まるほど幸せ像がどんどん相違しがちな半生でした。

「周りから見た自分」と「本当の自分」のギャップが大きい

先に述べた「幸せ」像(目指す方向)が違うことが大いに関係しているのかもしれません。

人は誰しも自分の「フィルター」を通して世の中を見ていますが、

INFJは他人と異なることが多すぎます。

 

なので、他者のフィルターを挟むと、

「本来とは違って」解釈されます。

(本当に誤解が多い人間だな、と我ながら常々悩んでいます…笑)

 

例えば、傍からは意識高そうに見えるらしいです。

 

しかし、実際は、確かに意識は高いのかもしれませんが、

俗に言う「ビジネス」方向とは次元が真逆だったりします。

 

というかむしろ、率直に言うと働きたくない。

 

「汚れた川に棲む魚になるくらいなら死んだほうがまし」

のような倫理観の次元に意識の高さを全フリしているのです。

 

しかし、これを周囲にいうと

「文はバリキャリ志向かと思ってた~!」と驚かれます。笑

(いや、どうやったらそう見えるのか

こっちのが驚きなんだけどなあ…)

 

「意識の高さ」ひとつとっても

【「精神」と「ビジネス」の方向性】

という2方向の視点というものが

恐らく他の人にはないため区別がつかないのかな、なんて思います。

(そこでまた「あー、自分て一生理解者できないのかなあ」

なんて悲しくなったりするのはまた別のお話)

 

世の中私のような暇人ばかりじゃないので、忙しい日常で、

誤判断されてしまう事情も理解できます。

 

というかむしろINFJは

「口先だけで全然動かないなあ」

といわれるのも大きな特徴だったり。

(大きく自覚している)

 

ので、「視点集め」はほどほどに、少しは動くべきだな、と反省もしています。笑

(INFJがなかなか行動できない理由はこちら

社交的だと思われがち

「ギャップが大きい」の例として、

「すごく社交的で明るく人懐っこく見られる」

これはまさにINFJあるあるだと思います。

 

とりあえず空気壊したくないがゆえに

一時的にものすごく社交的になりがちなのです。

 

しかし心の中は「早く帰りたいぃ…」の嵐。

 

いや、心のなかで正常に「帰りたい」と思えているうちはまだいいです。

本当に地獄なパターンは、

友人に合わせて「まだ一緒にいたいね~!」とか言っているうちに

次第に自己洗脳がかかり、

まったく疲労に気づかず長時間帰らずにいるとき。

 

(INFJはFe(外的感情)優位なので、

他者といるときは「自分の感情」にすごく気づきにくいのです

 

別れた瞬間「うっわ、こんなに疲れてたんだ!」と気づき

帰り道のしんどさは勿論、

最悪、楽しみにしていた次の日の予定すら泣く泣くキャンセルするはめになります。

(何度これをやらかしてしまったか…)

 

しかしみなさん、本当に寂しがりやさんですよね。

特に何泊とかした後の帰り道、「さみしい」って言って帰り道まで一緒にいる人の気が知れない。

帰って一人で速攻イヤホンつける瞬間が問答無用で最高!

 

…そうして、また一人長い間引きこもっているうちに

徐々にまた普通に寂しくなってくるのは、

わがまますぎるので秘密にしておきます。笑

 

ちなみに、こんなこじらせ人間で、世界の何もかもが私にとって不可解です。

男女についてももちろん不可解なことが多かったので、

真髄まで知りたくてガチりにガチった結果、以下の記事が誕生しました。

<なぜ人は魅力的な人間(男と女)になれないのか>男女の本質/後半

「他人の感情=自分の感情」になりがち

先に

「INFJはFe(外的感情)優位なので、

他者といるときは「自分の感情」にすごく気づきにくい」

と述べましたが、

「自分の心迷子になりやすい」というのもINFJの特徴と言えます。

(個人的には、これが最もINFPとのわかりやすい「差」だと感じています。)

 

というのも、人といると相手の意志がどんどんこちらへ移ってきます。

そして、自分の意志すらわからなくなってくるのです。

 

小さいときから他人の期待を過度に背負いがちで、

望まれないことを無駄に努力しがち。

かつ、褒められないとすねるんですよ。

 

(我ながらめんどくさい…。)

 

こうやって、他人軸と自分軸のはざまで永遠に苦しかったので

この面倒臭い習性に決着をつけよう!

(これからは好き勝手生きよう)と

ゼミでの初めての発表のテーマを

【「普遍」と「個性」の折り合い】

に設定し、発表したことがあります。

 

自分のルールにのっとって生きるか、

他人のルールにのっとって生きるか

 

具体的にいうと、

 

「自分の気持ちを優先させて楽しい人生を過ごすか、

他者(家族や社会)から期待された人生を送るか」

というテーマ設定は、

私の中では非常に有意義なものでした。

 

当然、私の苦しみは多くの人が同じ様に持っている、

皆もきっと興味津々で聞いてくれる!と思っていました。

 

しかし、発表を終えた後、想定していた盛り上がりとは裏腹に

教室はシーンと静まり返ってしまいました。

そこで言われたこと、今でも忘れません。

「…何と戦ってるの?」

その瞬間、私は自らの特異さを認知しました。

「あれ、何と戦ってるって…」

「え、何と戦ってるんだろう…」

「うん…?苦しみと戦ってるのかな、え…」

 

「あ!

普通は、他人と自分を混同しないんだ!」

と気づいた。笑

 

(同時に「一体皆には何が見えているんだろう…」と

一人だけ異国の世界に迷った気分になりました)

 

ゼミの皆は、どうやら一度も社会と自分の折り合いだなんてことを考えたことがなかったらしいです。

 

INFJはそのくらい

「他人と自分の区別がつきづらい」

という悲惨なエピソードでした…。

 

ちなみに、

「他人の感情が自分の感情を侵食していく感じ」

が強い場合は

エンパス」である可能性が高いので、

エンパスの記事を覗くと新たな発見があるかもしれません。

時折感じる「どうせ誰もわかってくれない」の絶望

これだけみんなと一致しない部分が多いので、

「同じ世界にいる証拠」がたまに見つかるとすごく嬉しいです。

 

例えば、

「人殺しって駄目…?」

「ああ、だよね!!」

なんて、一致した瞬間が

小さい頃から一番安心で、

嬉しくて、

苦しみから開放される瞬間だったりするときがあります。

 

…自分で書いてて末期を感じます。

「自分がなんとかしなきゃ…」の責任感につぶれがち

これだけ他人に見えてないものが見えるので

(逆に他人が見えてるものが見えないので)

世界に対して凄く不安感を覚えるのです。

 

きっと世の中、本当は安心なのだと思います(実際にうまい具合に回っています)が、

私の視点からは明らかにそうは見えないわけです。

というのも、

「既に起こっている悪」や「来る可能性が高い悪」に対する処置

(=他人が見えて私から見えないもの)

は恐らく行えているとして、

 

「既に起こっているが顕在化していない悪」や「これから起きるだろう悪」に対する処置

(=私から見えて他人には見えないもの)

が全く行われていない(ように感じられる)のです!!!

 

よって…

「誰も気づいてない悪を成敗するのは自分しかいない!」

なんて傲慢な思考に走りがちです。

 

特に子供時代は、この世にはびこる悪を、みんなが知らんぷりしているように思えた。

みんなのんきで、自分のことだけを考えて。悪い奴らめ。戦争の素、いなくなれ、と。

 

(今思えばなかば半狂乱でしたね…)

 

だから、「せめて自分だけでもなんとかしないと」と思い、

自分の気持ちを押し込めて生を受けた期待に応えられるよう無駄に努力してきました。

 

何度傲慢な思いを抱いても

なんとか世の中の役に立とうと必死な姿に

我ながら憐れむこともあります…。

 

ちなみに、INFJはこんなふうに孤立感などでストレスが溜まるとNi-Tiループにハマり、

自意識が過剰になると言われています…。

(自覚有りまくり。詳しくはこちらで解説してます。)

 

(自分だけが独りぼっち、みたいな感覚をこじらせた末路です。)

なぜかサイコパスに思われる

こんな風に

誰も気づいてない悪を成敗するのは自分しかいない!

なんて考えてるものですから

周囲のことを少しほったらかしにして、

常に「善が何か」を考えるわけです。

 

人類全体に比べれば、目の前にいる人なんてちっぽけすぎる。

だから、周囲を少し放ったらかすというか、突き放すような態度を取ることも有りました。

 

すると周りに「情がないね」と言われたり、「君の言ってることは意味不明だ」と言われたり、

要するにサイコパス扱いされてしまうわけです。

 

真逆なのに!!

 

いろいろな事情を重ねに重ね、一周回って無感情に見えるのかもしれません。

 

そりゃあ、私だって

「言えばわかってくれる!」

って思って本気で思っていた時代もありました。

しかし、体当たりの結果、みごとずたずたにされ…。

 

「これ以上は無駄だ」と気づいた時

「他人事は受け取りつつも無視するべし」(五七五)

みたいなルールが出来上がっていました。

 

だから、きっと無情に見えるのでしょう。

 

ちなみに、メンタル強そうに見られるから「ついていきます!」みたいな扱いをされることもあるけど

自身もひっちゃかめっちゃかなんで、あまり…頼りにするもんじゃないぞ…。

計算づく。だけど自分の為ではない

こんな感じで、無駄にあれこれ考えがちです。

 

明らかに考えすぎであり、

必然的に計算づくしです。

だからきっとすごく計算高く見えてると思います。

 

「自分とはなにか?」を考えすぎたので、

エニアグラムとか、スターシードとか、HSPとか、いろんな言葉にたどり着きました。

(↑私と似たような方は多分読んだら笑っちゃうんじゃないでしょうか。)

 

しかし、決して自分のためじゃありません(多分)。

割と常に視点が「世界」なので、

「あなたと私、ひいてはこの世界が最善の道を歩むためには…」

みたいなところでちゃんと計算しています。

 

それで勝手に「皆のため」とかやってもね、

褒められないどころか、

サイコパスだとか言われて、

またひとりで拗ねちゃうんだよ、

 

本当に面倒くさいよなあ!

まとめ

以上!

INFJの私が日々感じるあるあるを書いていきましたが、いかがだったでしょうか…?

 

ちなみに、INFJは幼少期こそ期待を過度に背負ったり、意志の混同で自分の道を歩めないがちですが

手放す強さ」も同時に持ち合わせているので

要らぬ期待を削ぎ落とすうちに「本当の自分」に近づいていって

シンプルな人生を好きなように楽しむことが出来る日が、きっときます。

 

と、私は信じています。

 

追加や共感、ご意見ございましたらコメントいただけると嬉しいです!

 

最後に。

INFJのみんな…強く生きていこう。

人間はなぜ生きる / 生存と繁殖に生きる理由《生命の法則》