私が内向的なんじゃない、世界が外向型を優遇しすぎ

内向型の肩身は狭い

いままで自分を内向的だと思っていました。

外向的な人の言う「気分をリフレッシュさせたい」の感覚がわからなかった。

「休みの日は何してる?」の問いって、なんか「家にいるよ~」って返しづらくて

「映画見てるよ~」の裏に「家でね」の意図をこっそり含ませるくらい。

それくらいでしか表に出せませんでした。

休日は家で「休んで」充電。

当たり前すぎて言うまでもないって。

逆にみんななんで外出られるの??疲れないの??って本気で疑問に思って聞くこともできないくらいに、

私がおかしくて、内向的な存在なのかと思ってました。

 

けれど、コロナの外出自粛で分かった。

外に出ないことを強制されると、逆に出たいと思っちゃうこと。

そこで、「元々自分は実はそんなに内向的じゃないんじゃないか?」とようやく気づきました。

そもそも、内向型といえど人と話すこと事態は好きだったし、憧れるのも明るい子だったなって。

一週間の大半、労働に費やすことを当たり前とするこの世界の流れの中では「相対的に」内向型なだけなんじゃない?と

思い出しました。

外向型「ベース」のこの世

コロナ以前のことよく考えたら、休みが少なかっただけ。

週5勤務、週2休み。この構造そもそもが外向型だったりします。

誰が決めたかわからないが、なんで5:2なんだ?

おかしくないか。

いや、人間が元々社会的な動物だったってことはわかるよ。

でも、じゃあいま狩行ってる?戦争してる?って話ですよ。

平和の均衡取れているなら、心の余裕を保つためのバランスだって取らせるべきだと思う。

 

ルールをつくるのが外向型人間なのは間違いないとは思うけど。

法律を皆に浸透させるほどのパワー持った人だからさ。

せめて勤務4:休み3,できることなら3:4にしてほしい。

半分って考えると全然妥当ではあると思うけどなあ…。

 

週5休み、週2勤務になれば、さすがにそれは休日外に出たいです。

流石に外に出て充電したいと欲するようになる。そしたら私は外向型でしょうか?

 

当たり前に外向型を優遇する、世界が内向も仲間にいれてくれますように。