【積極的虚無主義】人間はどう生きればいいか【人生哲学】

こんにちは、文です。

前回は「人はなぜ生きるか」について解説していきました。

【人生哲学】人はなぜ生きるか【生存と繁殖】

今回は、生きる意味などないのを前提に

それでもなぜ生きなくてはならないか、

どうやって生きていけばいいか

解説していこうと思います。

なぜ自殺してはいけないか

生きる意味を学んだことで、

私たちがいかに不完全で

無意味な存在かわかったかと思います。

 

遺伝子に全て支配されているのであれば

我々は主体的に生きられないわけだし

死んでも変わらないのではないか…?

そう思うかも知れません。

 

しかし実は、健全であればそんな事全く考え付きもしないのです。

なぜなら遺伝子に完全に支配されている状態だから、

死ぬのなんて絶対に避けようとするのです。

 

「人間である我」が主体でないことに気づけたあなたは

ちょっと頭が進化しすぎた証拠でもあるのです。

 

さて。

「IQが高い人ほどいろいろなことに気づき

不安や心配を起こしやすい」

という研究データの通り、

頭が進化しすぎた我々は、悲しみを言葉にして具現化するようになります。

 

気づきすぎたがゆえの

「なんとなく嫌だ」

「なんとなく苦しい」

そんな恐怖の感情は、

生きることへ不満をこじつけます。

「なんか苦しいのは、生きてるのが全部悪い」

生きるための言葉が、自殺の手助けを始めました。

「なぜ死んではいけないのか?」というのは、

こういうことです。

 

つまり、

たまたまあなたはちょっと頭が進化してしまって

色々な恐怖のグラデーションに心が耐えられずに

「死にたい」と結論を出してしまっている。

 

しかしそれは本末転倒なことは

もうおわかりですよね?

なぜなら感情や思考は

「生きたい!」を願う遺伝子が生み出した賜だからです。

【遺伝子の】やりたいことが見つからない人へ【乗り物】

なぜこんなにも死を願ってしまうのでしょうか。

理由は色々ありますが、その一節が認知バイアスによるものです。

 

認知バイアスは、我々の素早い判断を手助けして

いち早く身の危険から守ってくれる役割を担っています。

これは潜在心理と密接に関わりがあります。

【潜在意識と】人の恒常性【ホメオスタシス】

そして、例えば認知バイアスの中には「損失回避バイアス」という

「損を避けようとする心理的傾向」があります。

 

得ることよりも捨てることのほうが、

私達の脳には難しいのです。

 

「得すぎた思い出を失うくらいなら

自分自身を失うくらいなら

ここで人生を終わらせてしまおう」

 

そんな思考を促します。

しかし、この思考も遺伝子の賜であり、

つまり、私たちはどうしても生きるために存在するので

死ぬことは本末転倒になってしまうのです。

【引き算の】苦しみ*デトックス【美学】

どうやって生きればいいか

私達の生に意味はない…

なのに死ぬのもよくない…

一体どうすればいいんだ!?

悲観しないでください。

なぜならあなたは、

何をしても意味がない分、

何をしてもいいのですから!

この考え方を「積極的虚無主義」といいます。

この世がゲームみたいで

景色が全て美しく、

正解不正解が明確であれば

それを自らやめたい、とは思わないはずです。

たとえそこに意味がなくとも。

もう一度考えてみてください。

我々が死にたがっている他者との大きな違いは、

ちょっと頭でっかちなところといえます。

 

要するに、どうせ人間の思考などたかが知れてるし、

あまり考えないようにすればいいのです。

【正しさは】真実の限界【不可能】

でも、だからといって

何でもかんでも好きに動けばいいというわけではありません。

物理的な世界に生きている以上、

目に見えるすべてのことに限度はあるのです。

お金や健康は

どんなときも最低限は必要になるでしょう。

しかし、この制限こそが

生きる理由になりえます。

【幸福論】「幸せ」に限界はあるのか

生きている限り

言語化されない心のゴミがたまります。

それを無視していると、

心の何処かで危機感だったり、

不安感を覚えるはずです。

それは、正解のない世界のなかで

仮初めの正解にもなりえます。

こうした社会的正解に配慮しながら、

自分の心の声を敏感にキャッチして生きてみること。

「自分だけの正解を見つけること」

それ自体を目標にしてもいいのかも知れません。

【変わりたいのに】好きな自分を生きよう【変われない】