こんにちは、新しい職場が女性9割らしくやや怯えの文です。

 

さて、今回は女性性・男性性の話です。

エルサの「ありの~ままの~♪」の大ヒットが懐かしく感じられる今日。

エルサと同じく、昔に比べて我慢を強いられる女性が少なくなったこと、

魂を開放されるようになったこと嬉しく思っています。

 

一方、「我慢からの解放」に課題感も持っていて。

「ありのまま」といって何もしない

「頑張らない」といって何もしない

そんなことが多く起こるようになったな、と。

で、そういう人って何もしてないで幸せと言う割には

どことなく無理をしてそうというか、苦しそうに見えるわけです。

 

たしかに何もしなくてすごく気楽だけど

どこか人を心の底で見下したり、気付かれないようにマウントを取ったり

「いや、本当は今の自分に満足してないんじゃないの?」という風に

私の目からは見えたりするんですね。

(もちろんそうじゃない人も大勢います)

 

もしあなたが「ありのまま」であることになんとなーく息詰まりを感じていたら

その原因がこの記事で判明するかもしれません。

「男性性」の受け入れ

女性性という概念を知って、勉強されているということは

きっと、「人生をもっとよくしたい!」と思っているのだと思います。

 

これはすごく勘違いされていることだけれど、女性性の解放には、男性性が不可欠

そして、男性性には、女性性が不可欠なわけです。

この2つを「自分の中でやろうね」というのが真の目的。

だから、本当の君の女性性は、君の中の男性性を感じて、受け入れてあげることに意義がある

そうして初めて勉强した甲斐があるってものです。

決して、女性性のみを極めていくとか、男性性を排除するとか、そういうことじゃないです。

特に、「女性なのだから女性性を大事に~!」な情報が多いけど、

むしろ「女性だからこそ男性性を大事に~!」な場面が多いのが現代の特徴。

そもそも「自分を大事に」という謳い文句で女性性を大事にさせたがる風潮があるけど

「自分」のうちには確実に男性性が存在しているわけで、

存在を認めてあげないと、永遠に自分を大事にできないぞ、と思います。

女性性の隠蔽グセ

なぜ苦しいと思うようになったのか?というきっかけ

だって、普通「幸せ!」と思っている人に対して

「実は苦しいんじゃないか?」とか思わないですよね。

 

実は、自分がそうだったんです。

 

女性性の特徴として、「隠蔽がち」というものがあります。

なにかというと、自分に都合の悪いことをそっと隠して見なかったことにするんです。

 

私の大好きなZOCの新曲『CUTTING EDGE』にこんな歌詞があります。

やれば出来る私が嫌い 君に好かれてムカつく こんなんじゃないのに

何を隠そう、この歌詞にものすごく共鳴するのです。

幼少期からいわゆる「できる子」で、弟をはじめとして付き合った彼氏とか、友人とか

劣等感を抱かせてしまったり、嫉妬から攻撃されることが本当に多かった。

 

知らずのうちに人を傷つけていることに耐えかねて、自分の力を自ら隠蔽してしまうようになったんです。

だから、「ありのままでいいから」「私は変わらなくていいから」

「全てに感謝」とか、「生きているだけで幸せ」とか自分に言い聞かせたり

ときには周囲の人にも言いふらして、心をごまかしながら

「あぁ、なんか苦しいな」と。

(もちろん当時は苦しさの原因が力の抑圧にあるなんて気づかず、私の「魂レベル」が低いせいだと思っていました。

「何もできなくても感謝できないということは、私の心が汚れているんだ!」と本気で思ってた。)

本当は、もっと頑張りたい。

ありのままの自分は、もっとできる人だ。

そんな野心を見て見ぬ振りして受け入れることができなかった。

女性性を優遇して、自分の中の男性性を感知したり、受容する事ができずにいたわけです。

感じたり、受け入れたりすることが女性性の役割なのに、肝心のところでうまく使えなかった。

それで、ずっと苦しい思いをしてきたから、

苦しそうな人を見ると「もしかして…!」とアンテナがぴーんと張るんです。笑

まとめ

「自分を大事にしよう」の「自分」の中に必ずある男性性。

いろんな性質が複雑に混じりあって、オンリーワンな「あなた」ができるはず。

自分の中の炎に目を背けず、素直に嘘をつかず流れていけたらと思います。

 

より自由に感性を解放できる女性が増えること

ひいては、世の中全体がより自由になることを

心から願っています。