元いじめられっ子、学校で働く

ICT支援員として学校に通う日々、遭遇する思い出のかけら

「忘れちゃいけない」

殺した幼き自我

「忘れちゃいけない」

と顔を出す。

丁度こどもの日だしね

14歳から、丁度10年後の今は

葬った思い出をよみがえらす、

ベストタイミング。

 

学校なんて「狭い世界」というけれど、

本当に狭い世界だった。

「目の前のマシュマロを口に含むか放置するか」で世界が変わると信じて疑わない

純粋で、繊細な世界。

アイスを食べるときはかならず唇のすべての面積を濡らし、

奇麗な夢を見たらだれにもその世界観を邪魔させず浸っていた。

世間はそんな事お構いなしに、

自覚なしに人を傷つけるものすべて粗野で乱暴に見えて、

自身との倫理観を捨てられるはずもなく、押し付ける力もなく、

納得できないけど納得しようとして、頭で無理やり意味をこじつけた

学校で働き始めてから

時々、

小学生の時のような表情になることが多くなった。

不機嫌そうであか抜けない顔

「ぶすっとした顔で生きていれば、いじめられるのなんて当然だ」

なんて強気な今の私の話を聞き入れないんだろうな。

中学の思想を思い出した。

私はいかに繊細に中身を作り上げるかということに注力していて、かつ、他人のそういった部分を見ていたから

男子も、面接官も、当然私の中身を見てくれるものだと信じて疑わなかった。

正気になって正確な世界を見たら無理くりこじつけて何とか乗ったレールから外れてしまいそうで、

あまり人と関われなかった。

今は昔とは全然違う。

人と関わりたくて生きている。

人と関わったから、中身で混ざり合うことはできないとしってもなお、人を求めている。

BUMP OF CHIKENのライブをネトフリで

食べられなかった固形のチーズとおいしいと思っていたワインを飲みながら見ているなんて

考えもしなかった。

便利な時代と

優しすぎた恋人や

あっけなく死んだ父のこと

何にもない、普通の一日だった。

あの日も、その日も、こんな日の連続である。

そうして、どうせまた、何かを失う。

ライブがそろそろ終わりそうだ。

思い出す、大学時代に大好きだった女友達といった初めてのライブが

今にも終わってしまいそうで終始そわそわしたこと。

「終わってしまったら何を言おう」と考えていたこと。

去年以外はいつだって、「今」を犠牲に、「次」を大事にしていた。

海外旅行の最終日や

卒業式

小中学校時代

給食はいつも、ゆっくり食べていた。

食後の沈黙の時間が怖くて、何かいい訳が欲しかった。

いつだって、なんだって、終わってほしくなかった。

終わってしまうのが怖かった。

ネトフリは残り20分、ライブ終了間際の藤原基央の言葉を残す

今は笑顔で、けど、未来なにがあるかわかんないじゃん

もう生きてけないって時が来るかもしれない

今日の君は、その未来のために歌ったんだと思うよ

そんな日のために歌ったんだと思うよ

でも、君が大ピンチの時忘れてるかもしれない

今日の君の歌声を、思い出せないかもしれない

俺たちは、それを手伝うためにいるんだと思う。

君が生きてる証拠を歌ったことを忘れた時に、俺たちの曲を聴いて

生きてる証拠をうたったことを、思い出させてやるよ

小学校6年間と中学校3年間、合計9年間

大事にしていた選択は、

あれ程までにきれいな瞳で慎重に選んだ選択は

別世界に移住した今

その全てを失った。

それでも私は、過去があったおかげで今を生きている。

BUMPを知ったのは、ちょうど小学生のころだった。

あの頃は「これがBUMP OF CHIKENである」という事実を知らずに聞いていた。

そもそも、アーティストとは何かも知らなった。

あの頃は「学校」が何のために存在しているか知らずに通っていた。

言われたとおりにやることをやるだけだと納得した。

あの頃の「知らない」を失ったからこそ、

「知っている」も手に入れた。

今の知識を使って何か創造しようとも思えたし

こんな文章も残せた。

文字にしたとて、世界は白黒じゃない

解像度を上げてつぶさに見てみれば、もっとずっと鮮やかだった

「昔はつらかった」とか、「昔は輝いていた」とか

そんな言葉でまとめるがちな最近は、

こんな言葉でまとめてるから、陳腐になるんだとも思った。

絶望を言葉で簡潔に完結させてるだけなら

私は今も

いじめられてたはずだよ

 

てか明日仕事じゃん、早く寝よ。