「真実」こそが「認知のゆがみ」

死ぬ間際。

90パーセントの人が口をそろえてこう言う。

「もっと冒険すればよかった」

そしたら、冒険しよう。

やりたいこと、かなえたい夢、全部やっちゃいましょう!

 

…無理だ。

だって、死ぬ間際に後悔するのは「そこまで生き延びれたから」であって。

今冒険しちゃえば、生き延びれるかもわからないのだから。

言語のパラドックス

「卵とニワトリのパラドックス」

この世に先に存在したのは、卵か、はたまた鶏か?といった問題を

「卵と鶏のパラドックス」という。

鶏が先となると、じゃあどこから生まれたの?

卵が先となると、じゃあ誰が生んだの?

…と、無限ループが始まる。

 

では、この問題に対して科学者はどう結論付けたのか。

結論から言うと、【鶏が先、派】が勝利!

イギリスのニュースサイト『The SUN』によると、科学者たちが「卵より鶏のほうが先に誕生した」と結論付けたのだそうです。

イギリスの研究チームは、OC-17と呼ばれるたんぱく質が卵の殻の結晶化を促進させる働きがあることを突き止めました。

このたんぱく質は鶏の卵巣のなかにも存在し、これがなければ卵ができないことも判明したのだそうです。

そのため「鶏がいなければ卵ができない」ということに!

(参照元:https://www.yamada-egg.com/blog/%E9%B6%8F/%E9%B6%8F%E3%81%8C%E5%85%88%E3%81%8B%E3%80%81%E5%8D%B5%E3%81%8C%E5%85%88%E3%80%8D%E5%95%8F%E9%A1%8C%E3%81%8C%E8%A7%A3%E6%B1%BA%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%9F%EF%BC%81%EF%BC%9F/)

卵を作るための物質が鶏にあるから、鶏がないと卵が作れない→「鶏のほうが先」という答え。

 

それに対しての反論がこちらです。

他の鳥類は卵の形成に別のたんぱく質を利用しており、OC−17の進化は卵の進化と同時に起こったのではない。

鳥類が爬虫類から分岐する以前より卵の形成に使われてきたたんぱく質は別にあり、

OC-17はそれを発展させる形で出現した。つまり、OC-17がなくても卵はできる!

卵を作る物質は、別に鶏がいなくてもつくれる!→だから「卵が先」な可能性もある

ということだ。

 

元の記事をたどってもらえればわかるけど、ついには宗教ごとに違う答えになって

ついには仏教徒の「時間は永遠だからどちらでもない」みたいな答えも出るように。

もう、言いたい放題だ。

そもそも、「卵」ってなんだ?

「鶏」ってなんだ?

そこを考えなければらちが明かないんじゃないか??

卵が先か鶏が先か、の前に、言葉の定義が先

さて。

この矛盾に潜む重大な欠陥に気がついただろうか?

「言葉」の機能自体があいまいだということだ。

さっきの事例で、科学者は、卵を「OC-17」だとした。

でも、いったい誰が「卵を作る物質」だと言ったのか?

卵が先か?鶏が先か?なのであって、

卵の構成物質が先か?鶏の構成物質が先か?ではなかったはず。

そして

そもそも、「卵」といいますが、「鶏の卵」とは言ってないし

「鶏」といっても、古代の鶏は今とは全く別物だっただろうけれど

どこから「鶏」と呼ぶの?という話になってきます。

「誰が定義してるの?」

「どう定義するの?」

…意外と誰も知らない。

 

だから、極端な話、

「卵=先に存在する鶏が創り出したもの」

「鶏=卵を産むために生まれた生物」

という定義を付けてしまえば

その時点で定義的に「鶏が先」ということになります。

「女は男より第六感が優れている」

同じ「言葉で考えたから導き出された誤解」の例として、「女性の勘はよくあたる」というものがある。

これは結論「そんなことない」のだが、そういわれるようになった理由について話していく。

➀勘を当てに行くフィールドが狭いから

そもそも女性は、男性に比べて視野が狭くなりがちだ。

これは決して能力が低いとかではなく、遺伝的に、配偶者の背中しか見なくても生きていけるようになってることに起因する。

となると、女性は必然的にやることが亡くなり、狭い世界を分析するようになる。

「男性の勘」が当たらないのは、単純に鈍感だということもありますが、当てはめなければならない世界が広すぎる、ということもある。

世界が広いということは、もちろん色々な人が所属している、ということで、勘を当てに行くには、本人が思いもよらない発想をしている人や真反対の人の思いまで考慮する必要が出てくる。

つまり、女性の勘が当たりやすいのではなく「狭いフィールドで生きる人」の勘が当たりやすい、ということだ。

➁心配ばかりしてるから必然的に当たる

「不安要素が強くなりがち」という女特有の癖がある。

具体的に言うと、男の遺伝子が「不安を消して」戦わなければいけなかったのに対し、女の遺伝子は「様々なことを察知して」危険から逃げなければいけませんでした。不安感を感じなければすぐに淘汰されてしまう。

つまり、女性の勘が当たりやすいのではなく「心配事をしがちな人」の勘が当たりやすい、ということだ。

言葉が生まれた理由

「言葉」の曖昧さが理解できましたか?

ではなぜ、私たちはそんな曖昧な言葉に頼ろうとしてしまうのでしょうか。

結論から言うと、知識があると生き延びる確率がめっちゃ上がるから

です。

 

人類の唯一の、そして絶対のミッションは「人類の繁栄」、その他にない。

「寝たい」のも生き延びるためだし、

「褒められたい」のはモテて子供を産みたいからだし

「理想の自分になりたい」のは「一人が頑張れば人類全体に恩恵がいきわたるかり、結果繁栄しやすくなるから」。

で、私たちは日々気づかずともそれを最終目標に動いている。

そういう風に脳がプログラミングされている。

人は無駄や未知をとても嫌う。

特に、未知は恐怖(=ストレス)の最大の原因である。

人間は「よくわからない状態」が一番いやだ。

何時にどこでどんな敵がいるかを知っていれば、明らかに生存率が上がる。

動物的願いとしては、なるべく変化のない、安定した状態を保っていたい。

(この心理状態を恒常性バイアス、ともいう)

なので、私たちが欲しているのは、実は「正解」ではなくて

あいまいさに耐えられない本能の「モヤモヤ」の解消

でなのだろう。

 

むしろ逆に言った方がわかりやすいかもしれない。

「生き延びるために知りたい」とプログラムされてる人間のみ生き延び、存在している

こうだ。

 

そんなものなのに、私たちはすぐに言葉に頼ろうとする。

「グレーゾーン」の連続

返品すると全額返金の商品をイメージしてみよう。

統計では、この記述があるだけで「悪くなったら返金すればいいや」って簡単に買うようになるらしい。

でも、「悪い」商品って何だ?

損害がある、部品が別のもの…は明らかに「悪い」として、そんなことめったにないよな。

ちょっと傷があるけど、別に返金手続きするほどでもないなあ…

だったり、

期待していた効果がないことはないけど、思ったほどではないなあ…

みたいな「中間」が圧倒的だったりする

 

私たちは「白か黒か」思考をしたがる。

「いざというとき」に判断に時間がかからぬよう、遠い昔から遺伝されてきたものだ。

でも、現在の社会では、実際は割と全部グレーゾーンだったりする。

 

ヒトという生き物って本当に思考が大嫌いで、隙あらばなるべく考えないようにしようとする。

本当は考えるべき膨大なデータを無視して、頭の中に勝手に一個の虚構を作り上げて

それで思考終わりや!^^ってやろうとする。

そんなこんなで、私たちはすぐに言葉に頼ろうとして、誤った結論を導いてしまう。

「卵」は鶏のじゃないかもしれないのに、今と同じ物質の構成じゃないかもしれないのに、四角だったり黒かったりするかもしれないのに、今の鶏の卵を想像に出してる時点でもうね、かなり可能性をせばめてる。

こういうことが、まったく無意識に、いたるところで起きている。

正しく把握しようとして言葉で考えてるのに、間違った方向へ向かってしまったら意味がない。

勝手に作り上げるイメージ

人ってどうしても心をもやもやさせたくないから、言葉で勝手にイメージ作り上げる。

「悪い」と聞いたら最低なことを勝手に想像で作り上げますし

「良い」と聞いたら最高なことを勝手に想像で作り上げる。

が、それは誤りだ。

 

例えば。

私にとっての「最低」と「最高」の例を挙げましょう。

私にとっての「最低」は、職を一切選べず清掃員としての日々を送ること、

「最高」は南の島に住んで、働いてはないけどみんなに尊敬される立場にあることかな。

全く同じ方いますか?

いないなら、「最高」も「最低」もないってことになる。

 

いろんな人の最低と最高であふれてるってことは、

大体が自分にとって中間なわけです。

 

そして、あなたの夢を思い浮かべてほしいです。

死ぬ間際に後悔しないように今やっておきたい夢…。

たとえば、それが「完全初心者からブログで一万長者になること」だとしたら。

実際にやることは

「ワードプレス 開設」って調べること

そして、サーバーとドメインを繋げること、だ。

そのために、まずパソコンの電源を入れることだ。

 

「夢をかなえよう」が、ぐっと身近に感じられることだろう。

「言葉で考えすぎると遠のくぞ」

「言葉で考えすぎるとつむぞ」

今日はそんなお話でした。