「真実は理解できない」という真実【矛盾だらけのこの世界】

こんにちは。文です。

 

今回は、人間が何一つ真実を認知できないんだよ

という真実にについてお話していきます。

 

「真実をしれないという真実」…?

そう、この世界は矛盾だらけなのです。

そしてこの記事にも、異なる抽象度の3つの矛盾を散りばめてゆきました。

 

3つの矛盾を通して、

五感がいかに真実を歪めているか

五感によって生まれた言葉(概念)はいかに歪んでいるか

概念によって生まれた客観性はいかに歪んでいるか

がおわかりいただけると思います。

この記事でわかること

・なぜ人間が何一つ真実を認知できない

・なぜこの世界は矛盾だらけなのか

・それを知ってどうすればいいのか

ちなみにネガティブな内容ではありません。

 

確かに人間は真実を知れない。

けど、「真実を知れない」ことを知ることで、

幸せになれる確率がグン!と上がるよ、ということです。

 

世界がグラグラと揺らいでいく感覚が来るので

哲学的思考に耐性が弱い方

別に今ある世界を正しく認識したくないよ~

という方は、閲覧注意です。

視覚に関する矛盾

目の錯覚と五感

話に入る前に、クイズをしましょう。

 

まず初めにこちらの画像の黒い点を見ていてください。

一定時間経過後に画面の色が変わるので、

それがカラーだったか、白黒だったか

当ててみてください。

(引用元:https://www.chietoku.jp/wont-believe-your-eyes/)

…答えは決まりましたか?

では、正解発表です。

 

最後の画像は白黒でした。

 

でも、多くの方は色付きに見えたんじゃないかと思います。

 

これは、「錯視」の一種類である「残像効果」と呼ばれるもので、

人の視覚で光を見たとき、その光が消えた後も、

それまで見ていた光や映像が残って見えるような現象のことです

認知の限界

明らかに目が錯覚を起こしていました。

 

しかし、この機能がなかったら

人間は急激な色の変化に対応することができず、とっさの判断が難しくなってしまいます。

 

カラーぽく見えたのは、ある意味正解なのです。

言葉に関する矛盾

「卵が先か鶏が先か」卵と鶏のパラドックス

続いて質問です。

「この世に先に存在したのは、卵か、はたまた鶏ですか?」

 

少し考えてみてください。

…答えは出ましたか?

 

この問は

「卵と鶏のパラドックス」といい、

昔から世界中で考えられている問題です。

 

というのも、卵が先と答えても鶏が先と答えても

矛盾が生じてしまうのです。

 

鶏が先となると、「その鶏はどこから生まれたの?」

卵が先となると、「それは誰が生んだの?」

…と、問の無限ループが始まります。

 

さて、

この問題に対して、とある科学者は、こう結論づけました。

結論から言うと、【鶏が先、派】が勝利!

イギリスのニュースサイト『The SUN』によると、

科学者たちが「卵より鶏のほうが先に誕生した」と結論付けたのだそうです。

 

イギリスの研究チームは、OC-17と呼ばれるたんぱく質が

卵の殻の結晶化を促進させる働きがあることを突き止めました。

 

このたんぱく質は鶏の卵巣のなかにも存在し、これがなければ卵ができないことも判明したのだそうです。

そのため「鶏がいなければ卵ができない」ということに!

つまり、卵を作るための物質が鶏にあるから、鶏がないと卵が作れない

→「鶏のほうが先」という答えですね。

 

しかし、この主張は反論を喰らいました。

それがこちら。

他の鳥類は卵の形成に別のたんぱく質を利用しており、OC−17の進化は卵の進化と同時に起こったのではない。

鳥類が爬虫類から分岐する以前より卵の形成に使われてきたたんぱく質は別にあり、

OC-17はそれを発展させる形で出現した。

つまり、OC-17がなくても卵はできる!

掲載元参照

要するに、「卵を作る物質」自体は、別に鶏がいなくても存在し得る

→だから「卵が先」な可能性もある

ということだそうです。

 

この問題、最終的にどうなったかというと、

ついには「宗教ごと」に異なる答えが出たり、

さらには仏教徒による「時間は永遠だからどちらでもない」のような答えも出るようになっていきました。

 

もう、言いたい放題です。笑

 

というわけで、

この問題を解決するには少し骨が折れそうですが、

まずは

【そもそも、「卵」とはなに?】

【「鶏」とはなに?】

 

そこを定義することから始めてみましょう。

言葉の限界

「定義することからはじめてみましょう」とは言ったものの、

どう定義すればよいのでしょう。

 

「卵」の定義ですが、

例えば先程の科学者は、卵を「OC-17」だと定義しました。

 

しかし、定義するべきは「卵」でした。

「卵を作る物質」ではなかったはずでした。

 

そしてこの問は【卵が先か?鶏が先か?】なのであって、

「卵の構成物質が先か?鶏の構成物質が先か?」でもなかったはず。

 

そもそも、

「鶏」といっても、古代の鶏なの?現代の鶏なの…?

と、定義への質問はつきません。

「誰が定義してるの?」

「どう定義するの?」

定義の段階で、まず難しい…。

 

それもそのはず、

【卵が先か?鶏が先か?】の問の答えは、

定義次第なのです。

 

だから、極端な話、

 

「卵=先に存在する鶏が創り出したもの」

「鶏=卵を産むために生まれた生物」

という定義を付けてしまえば

その時点で定義的に「鶏が先」

 

ということになります。

 

私たちは言葉を通して物事を考えます。

まず認知が歪んでるのに、更に言語も歪んでいるなんて、

私たちが見ている世界の真実味がますます薄くなってきましたね。

客観世界と主観世界の矛盾

二重スリット実験

まだまだありますよ、人間の矛盾。

 

量子力学に、「二重スリット実験」というものがあります。

 

これはつまり、「観察したら形が変わる」ということについて証明している実験です。

 

もう少し抽象度を挙げると、

「客観世界が主観世界へ影響を与える」ということです。

 

客観世界が主観世界へ影響を与えるということは、

実は投影の法則や引き寄せの法則からも明らかにされています。

客観性の限界

「客観的に見る」といいますが、

人間ははなから客観的に見れないのです。

なぜなら、客観世界は、すなわち主観世界でもあるからです。

 

こう書くとすごく難しいですが、実際はもっとシンプルです。

 

例えば、みなさんが物凄く辛くて苦しい状態にあるとします。

しかし、友人に

「どうしたの?つらいの?」

と尋ねられると、心配をかけたくない気持ちが強まり

「ううん。全然!平気だよ!」と答えた、という経験があると思います。

 

すると、友人からみた世界(客観世界)の結果が

「つらそう」から「大丈夫そう」に

つまり、主観世界が客観世界の結果を塗り替えることになるのです。

 

これは、私達の細胞でも行われています。

例えば、涙が止まらない時

細胞たちに「なにか苦しいことあったの?」と聞きますが

仕事は忙しいし、人間関係は大変だしでこれ以上混乱させたり心配させたくない時

細胞は私達に「平気なフリ」をします。

 

すると、私達は

「なんか涙が止まらないけど、別に大丈夫だしなあ…」と認識します。

(だから精神的な病を放置してしまう患者がたえないのです)

人間の脳は高級品

さて、異なる3つの矛盾を通して、

いかに人間の頭がアホかということを説明してきました。

 

最初の錯覚では、人間の視覚及び「五感」が歪んでいること

次の言葉のパラドックスでは、「五感」から生まれた「言葉/概念」が歪んでいること

最後の客観のパラドックスでは、「言葉/概念」から生まれた「客観性」が歪んでいること

を証明しました。

 

どんな正解を求めようとも、

「必ず認知は歪んで」いるのです。

 

しかしなぜこんなにも認知が歪むのでしょうか。

それは実は、人間が賢いからです。

 

すべての物事に「完璧」はなく、すべての事象がグラデーション上にあります。

ではなぜ私達はこの通り、グラデーションを把握しきれません。

 

なぜでしょうか。

 

脳の負担になるからです。

 

高スペックであればあるほど充電の減りが早いのと同じで

脳も負担を減らそうと

無自覚に(それが重要なものであろうと)枝葉をそぎ落とします。

なんと愛おしい機能でしょうか。

加速する勘違いーなぜ人間は真実を知った気になれるのか

本当のことを知ることができないにも関わらず、

私達の多くは、何でも知れる、といったような、万能感に支配されています。

「自分だけは知っている」と、陰謀論にはまったりもします。

 

なぜなら、私たちは、

スマホを通して遠く離れた友人と会話ができる。

スマホを通して音楽を聞ける。

スマホを通して1週間先の天気を知れる。

無敵なわけです。

 

けど、その仕組みは私達にはわかりません。

なぜ遠くの人と通話できるのかを知らずに、ただ万能感だけがある状態です。

 

スマホひとつで無敵な気分になれる割には

一度スマホがなくなれば右往左往するくらい脆い。

 

別にスマホだけではありません、

生きることもこれと一緒なのです。

 

足を動かせば動くけれど、

どうしてそうなるのか知っている人はいないのと同じ。

 

そして私達を幸せから遠ざけているこの万能感こそが、

幸せへの感度を低くしていると

 

私は考えるのです。

 

 

 

さて、

いかがだったでしょうか。

 

これよりももっと正解に近づきたいという方は

以下の記事も合わせてご確認ください。

こちらの後半です。

正しくなれない人間の正解【生存戦略と認知バイアス】

 

「真実を知れないなら生きている意味はない」と感じる方には

こちらがおすすめです。

【人生哲学】人はなぜ生きるか【積極的虚無主義について】