学習の本質ー正解なき世界ー

「世界を正しく見たい」

「自己中心的な世界で物事を見たくない」

正解がわかれば、自分の進むべき方向もわかるし、何より安心する。

良くある願いに、今日は挑戦してみたいと思います。

こんな人に向けて

「世界って何?」をだれよりも正しく知りたい

・自分単体では何をしたいのかわからない

・何を信じたらいいのかわからない

「正解」を探せ

「正解」を探すのに、通常言葉を用います。

言葉を話すには、五感を使う必要があります。

では、その五感はどれほど正しいのでしょう。

まず初めにこちらの画像の黒い点を見ていてください。

(引用元:https://www.chietoku.jp/wont-believe-your-eyes/)

最後の画像は白黒なんだけど、色がついて見えると思います。

これは、錯視の中の「残像効果」と呼ばれるものです。

 

この効果がなかったら、きっと目はグラデーション上に変化することができずにとっさの処理ができなくなってしまいます。

さて、果たして最後の画像は「白黒である」「カラーである」、どちらの答えが「正しい」のでしょう?

 

次に、この問題を解いてみましょう。

プレーヤーの前に閉じた3つのドアがあって、1つのドアの後ろには景品の新車が、2つのドアの後ろには、はずれを意味するヤギがいる。プレーヤーは新車のドアを当てると新車がもらえる。プレーヤーが1つのドアを選択した後、司会のモンティが残りのドアのうちヤギがいるドアを開けてヤギを見せる。

ここでプレーヤーは、最初に選んだドアを、残っている開けられていないドアに変更してもよいと言われる。ここでプレーヤーはドアを変更すべきだろうか?

door

さあ、あなたはこの問題を解いて「ドアを変更」しましたか?

 

正解をお伝えすると、

「ドアを変更する」が正しい答えになります。

正しく答えられましたか?

一部の方以外は、間違えてしまったんじゃないかと思います。

 

通常、人間には「恒常性バイアス」というものが備わっています。

これはなにかというと、「一度決めたものを変えたくない」という心理の傾向のことです。

「新しいことにできればチャレンジしたくない」「安心安全のままでいたい」

こういう思いも、恒常性バイアスによるものです。

 

さて、もしこのバイアスが正常に機能しなかったらどうなるでしょう?

人間がもし仮に「変化すること」すなわちリスクを恐れることなく犯しまくります。

そしたら人間は大量に命を落とし、繁殖が困難になります。

繁殖が人間の最終目標だとしたら、ちょっとくらい認知が偏っていても、命を落とすよりはよほど合理的です。

したがって、「繁殖」の合理性からすると人間の理性における「正解」の合理性はよほど重要度が低いのです。

 

というわけで、私たちが何か「正しく」やろうとしても、どうしても前提として「正しくあれない」のが人間だ、ということになります。

(ちなみに、この問題の解説は以下のブログが一番詳しかったからおすすめです。

https://yougomywayyougomyway.com/monty-hall-problem)

 

「不正解」が生物の「正解」

たとえば、本来ならばすごく簡単なこれらの問題たち。

コンピュータであれば、寸分たがわず答えられていたかもしれない。

しかし私たち人間にとっては、うまれもった遺伝子や常識、それらをもって正解できないのが生物的に「正解」になりえます。

それでも、まだ「正しく世界を見れないこと」を認めたくない。

それも人間のシステムです。

 

「正解はある」って信じ込むシステム。

「正しいものはこれだ」と信じ込むシステム。

「確証バイアス」と呼ばれるものです。

 

しかし、これがなければどうなるでしょう。

常識も自分の心も何もかも疑ってしまって、何も行動できなくなってしまうのがオチです。

歪んだ世界を歪まずに見たい

その思考そのものが歪んでいて、だからこそ今、安全に生きていられる面があります。

正解は君の中に

それでも私たちには理性があります。

「動物的にはこうだから」でなかなか納得いかない面もあります。

 

では、本能的な自分を律するのは誰ですか?

あなた自身。

見るものや想像するものは、あなたが創り出します。

そういう意味で、あなたの世界ではあなたが神様です。

人が見る世界は、その人の頭のなかで再構築されたもの。

感情のすべては、所詮、人の脳内に流れる電流に過ぎません。

「楽しい」と思っているのは、

「自分の中に快感物質が流れて、それを認識したから」です。

自分自身の他に、誰がこの電流を流せるでしょうか。

 

しかしです。

ときとして、多すぎる情報量におぼれてしまう。

そのせいで「自分の中の正解」が揺らいでしまうんですね。

「正解」を洗練させる

率直に言えば、あなたが正解を欲しているのは

「たくさんの情報におぼれているから。」

世の中にはたくさんの情報があふれていますが、その分迷うためのコストもとても大きくなりました。

そういうときは、デリートしていきましょう。

 

大丈夫だから、どうせ使わないから、荷物を降ろそう。

埋め合わせのようにガバガバになっていくのを、今この瞬間だけでもいいからストップしよう。

で、大きく吸って、大きく吐いて、身体の空気を吐こう。

汗を流して老廃物を輩出しよう。

すでにパンパンの頭の情報はインターネットに残して、

圧迫された胸骨を柔らかく開こう。

そしたら、明るい未来まで身軽な心でステップしていくだけだから。

荷物は最小限でいい。

世の中の正解も知らなくていい。

あなたの世界を洗練させていきましょう。

おわりに

知れないとわかっても、正しく世界を知りたい。

その一心で動く心は、意外なことに正しさから遠ざかっているかもしれません。

 

言葉で紡ぐことの浅はかさに耐え兼ねたり

過去を想って恥ずかしさに悶えるなら、

その都度変わる「真実」に頼らないで生きていくことこそが真実なのかもしれない。

 

どんどん洗練させて、お気に入りのものを混ぜ合わせて、

「オンリーワンの正解を見つけること」

それ自体を目標にしてもいいので

人生という長旅を一緒に歩いきましょう。