HSS型HSPは不幸な道をたどりやすい?

HSS型HSSは生きづらい

HSS型HSPの独特な特徴の中には、HSPに当てはまらない、それどころか真逆の性質すら多々ある。

HSP(H=ハイリー=超。S=センシティブ=繊細。P=パーソン=人間。→超繊細人間)

HSS(H=ハイ=超。S=センセーション=感覚。S=シーキング=追う。→超好奇心人間)

言葉の意味からして真逆。

だからこそ、支離滅裂な行動を起こしがちなのだ。

そして、この相反する性質によって、とてもつもない生きづらさを感じてきた。

HSS型HSPの特徴

例えば、HSPには刺激的過ぎて苦手だと言われていることのほとんどが、好きだったりする。

まず、映画館。

音が大きかったり他人の些細な言動が気になってしまい集中できないという理由で、HSPは避けがちだという。

確かにそういう日もあるが、それでも好奇心が勝つのがHSS型だ。

だから、私自身映画は好きだし、疲れるとわかっていながらよく見に行く。

人とどんちゃん騒ぎをしたり、人混みにも定期的に突っ込みたくなる

時には全く未知な場所に一人で足を踏み込んだりする。

ガラスのハートを打ち破るかのように、無謀な行動を月イチで起こす。

そう、繊細さは別に通常のHSPと変らない。

そこが厄介ポイントだ。

好奇心を求めて行動したあと、ようやく「あれあれ」と違和感に気づく。

そこでやっと、せき止めていたHSP要素が流れこむ。

この繊細な部分は、通常他人からあまり見えない

実は超人見知りだけど、社交的だと言われたり。

本当は誰よりも閉じこもってたいのに、行動的だと褒められたり。

人は通常私を見て、刺激に強いね、鋼メンタルだよね、と表現する。

 

でも、刺激を追い求めれば追い求めるほど

実は、内側で、じわじわと

自分でも気づかないような傷がぽっかり空いている。

 

それに気づくのはいつも刺激と十分な距離をとってからだ。

散々騒いで、満足いくような刺激を得た後、ようやくHSP特有の繊細さが襲ってくる。

「HSP」の存在理由

休みが続く場合はいいが、世間は私の事情などお構いなしで進んでいくために、常に回復しないまま、

瀕死状態をさまよいながら、表面だけは「平気」を保っている。

 

まるで、治りかけの傷に出来たかさぶたを無理やり剥がし剥がされ、

なんとか生成してはまた剥がれ、

適切な治し方も教わらず、自力でも見つけられず、永遠に完治しないように。

永遠に叶わない幸せ

一つの願いを叶えようとすると、必然的にもう一方が叶わない

誰よりも普通でいたいけど、誰よりもオンリーワンでいたい

一生変わらないでほしいけど、一生変化があってほしい

「相反する願望を持つ」

すべての人が多少はこの要素を持っていようが、HSS型HSPだとあまりにもその傾向が強い。

 

どちらかに偏るたび、かなわなかったほうの願いがじわじわと内側を痛めつけて、

ゆっくりとくたばっていくような、そんな具合はいつまで保たれるのだろう。

 

内部のバランスを適切に保つために、とてつもなくたくさんの試行錯誤を必要とする。

試行錯誤の途中で「もういいや」と諦めようものなら、

謎の不安と焦燥感が襲ってきて、胸の鼓動で夜眠れなくなるのがおちだ。

 

割り切れない願いは、どこに終着させるべきか、

目標設定もあいまいなままに、永久に走らされている。

HSS型HSPの希望

この苦悩は、いつまで続くんだろう。

いつまで走り続ければ、幸せたどり着くだろう。

せめてゴール設定がほしい。何をすれば幸せなのかを、わかりたい。

今までの苦悩に、心から「感謝」できるような、そんなゴールを定めたい。

 

そりゃ、走るのが楽しい日もある。

よくある自己啓発本のように、生きてるだけでバンザイ!

周りに感謝!って日もある。

でもそんなの補給所みたいなもんで、一瞬の幸せにすぎない。

長くは続かず、圧倒的に苦痛のほうが大きかったりする。

 

「人生楽しめばいいじゃん」なんていうけど、

苦痛と一体化したアイデンティティが、

今更ただ幸福になることなど許さない。

いや、幸せになることは許してる。

けど、ただ幸せなだけじゃ満足できないんだよ。

刺激をそこそこに、安定もそこそこに。

このバランスを自分の力で導けたとき、きっとゴールが見えるのかな?

そのときまで、生きづらさに人生をやめたりすることがありませんように

せめてもの思いで今日も祈るよ。