「HSP」の存在理由

こんにちは。

些細なことで絶望するくせに誹謗中傷には意外と強い文です。

最近HSPという言葉が流行ってます。

それだけたくさんの方が己の敏感さに苦しんでいるということだと思います。

では、どうして私たちはこんな苦しみを背負わされて生まれたのでしょう。

ただただ苦しい、つらい、その感情を味わうためにこの世にきたわけではないわけです。

きっと、何かしら素敵な理由があるはず。

HSPが存在することによって、何か人類にとって恩恵があるのでしょうか。

その謎を探っていくと、人類繁栄のため、深い深い事情が見えてきたのです。

「自分が神様で、人類を増やすことを目的にニンゲンを創るなら、どういった人をどの割合で増やすのが最も効率的か」

考えてみながら、読んでみてください!

協力プレイの地球

「世界の向上担当」

向上担当の社交的な人たちは、いつも一歩先を進む。

私が同じところでコロコロ下手くそにでんぐりがえりをしてる時、あの子達は深く考えず突進する。

その危うい経験は彼らの体に刻まれ、さらなる成長の糧となる。

すぐに行動し、夢を持ち、そこで繋がれる仲間がいる事。

ただし、向上は危険を伴う。

「楽しいぜ!」のその過程で命さえ落とす危険があるのも事実だし、

なによりも「深く考えず突進」の先に待ってるものが、必ずしも成功とは限らない。

革新の裏側にリスクを備えている

それが向上担当の役割だと考える。

「世界の恒常担当」

恒常担当の内向的な人たちは、いつも慎重だ。

向上担当が何度も挑戦している間、私たちは「なぜうまくいかないのだろう」の思考を頭で繰り返す。

頭で閃いて現実でも成功した時には、もうその成功はありふれていて意味のないことかもしれない。

それでも、行き過ぎた革新の末に人類が全滅するよりかは良い。

いくら進化を遂げたって、存在しなければ意味がない。

確実に、忠実に、危機的状況を回避することで実存を保とうとするHSP。

たとえどこへも行けなくとも、部屋の中に生じる刺激だけで下手したらわくわくが止まらないような繊細さ。

命を落とさず慎重に。「安パイ」そんな称号。

じっとしているのだって、頭を使うことだって、簡単なことじゃない。

全身ばかりでは得られなかった何かを生み出すことも得意。

向上担当の人にとって難しいことも、我々はそつなくこなせる。

苦悩の裏に安全を備えている

それが我々HSPの、恒常担当の役割なのだろう。

※どちらのタイプも併せ持った「HSS型HSP」についてはこちら

HSPは恒常担当

私たちは、そうやって生き残った末端の人、宇宙が残していった最大の知恵。

やっぱり人間は群れの生き物だから。

少しでも生存の確率を上げるために、上手く力を分散したのだろう。

この役割に、納得いかない事もあるだろう。

そんなこと言ったって、私はあの子になりたかった。

気持ちはわかる。

私の周りの親や親戚や友達はみんな明るくて人気者で、もうこの人に人生預けりゃいいじゃんなんて、今でも少し思う。

 

しかしそれが自然の摂理であれば、変えられない流れであれば、そういうものだと割り切って、受け入れてしまうしかない。

他に変えなきゃいけない事は、いくらでもある。

羨んだ経験、その向上心は内に秘めて、心に従って、真似られそうな領域なら取り込むしか

退屈をしのぐ方法はない。

 

HSPにはHSPの地獄。これはわかるけど、それ以上はわからない。

「感受性が欲しくてももてない」大変さは、思った以上に地獄かもしれない。

 

我々は決して劣った存在でもなければ、生きる価値がないなんてこともありえない。

 

ただ存在するだけで、十分人類に貢献できていることを保証する。